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2018.11.05 お知らせ

三笠製作所 40周年記念講演会の様子【田知本遥氏】

プレッシャーを味わえる幸せ。オリンピックで頂点を極めるまでの道のり

田知本遥氏

リオデジャネイロオリンピック・女子柔道金メダリスト田知本 遥氏の講演会を2018年11月5日、三笠製作所扶桑工場ショールームにて開催した。

田知本氏は小学校から20年間の柔道人生を歩んできた。その中で普通の人が体験できないような様々な困難・苦難を乗り越えてきた体験をお話し頂いた。

富山県で生まれ7歳で町のスポーツ少年団で柔道を始めた田知本氏。本当はピアノやバレエを習いたかったそうだが父の勧めで半ば強引に柔道場に連れて行かれた。

小学校一年生で初めて全国大会へ出場し3位に輝き、この大会をきっかけに日本一・世界一を目指し始める。地元の中学・高校が柔道強豪校で修業し腕を磨いた後、姉も在籍していた東海大学に進学し、関東上京した。

2012年のロンドンオリンピックに出場したが、準々決勝で優勢の状態からの大きな怪我をしてしまい敗北。頭の中が真っ白になり、現役を続けようかと悩んだ。

2014年には日本代表から外れてしまうものの、イギリスに武者修行へ。この時、渡航する準備などをすべて自身で行った。イギリスでの修行中に出会った海外柔道家との交流が「自分の枠の外の世界を知る」きっかけとなり、のちのオリンピック制覇に大きな影響を与えたと田知本氏は語った。

そのかいもあってか、2014年講道館杯(全日本)では見事優勝を飾り、復活をアピール。リオオリンピックに向けて再スタートを切った。

しかし、リオオリンピックまで残りわずかな時間しかないのことも影響し、精神的に不安定になってしまうときも。

そんなとき、海外選手からの励ましのメッセージをもらい、自分のことを期待してくれる人がいることに気づき、もう一度立ち上がろうという気持ちになるきっかけになった。

また、姉の存在も大きいと田知本氏は語る。姉とは共にオリンピックを目指し、自身が試合で負けるよりも姉が負けたときのほうが悔しいと語った。

しかし姉はリオオリンピック最終選考会の決勝の残り50秒で、左膝を負傷してオリンピック代表から落選してしまった。

日々、大きくなるオリンピックへのプレッシャーのなかで、
応援してもらえる幸せ。
元気に畳に立てる幸せ。
プレッシャーを味わえる幸せ。
ライバルとともに目指せる幸せ。
という「幸せを感じた」と話した。

オリンピックという究極の勝負の世界に身を投じて、勝ち敗けだけでなく人との繋がりの大切さを学んだ、そして今後も柔道の素晴らしさを世界にも発信していきたいと強く語った。