復興プロジェクト12。

  • 2011年5月17日
  • 友人
  • 730View
  • 0件

福島県いわき市の貸し工場のオーナーの山崎専務から電話があった。

2階建の賃貸物件の、1階で事業をしていた法人さんが、いわき市から撤退するので、三笠さんが1階を使ってはどうですかという内容だった。

こんな時期だから出て行ってしまうのか、たんに会社都合なのかわからないが、またいわき市から雇用の場が少なくなったのは事実である。




5月8日の朝、愛知県から福島県いわき市に向けて、4人の仲間と出発した。

今回の目的は、いわき市での採用面接と工場への材料搬入だ。

福島県地元の求人雑誌に掲載してあり、結構な数の面談希望の方々から履歴書を、愛知県本社に送っていただいた。

その方達と会うために、今回はいわき市にやって来たようなもんだ。

面接が終わればとんぼ返りで、愛知県に戻る。

ちなみに、福島県の先行き不安なのかどうかわからないが、地元の求人雑誌は、弊社掲載後に廃刊になった。

弊社は最終号に掲載されたことになる。

こんなところでも、震災や原発問題が影響してくる。

悔しい思いは、ぶつける先がない。

怒りがこみ上げるけれど、はけ口が無い。

福島県に行くと、いつもこんな感情にかられる。

なぜか、怒りがこみ上げる。

その怒りを、冷静にかつ慎重に復興へのエナジーに変えていく。

そのつもりだ。





翌日の9日の朝から面接を実施した。

大多数の方が、震災の影響で職を追われた状況だ。

3月11日 2時46分までは、普通に働いていたのに、東北にいただけで、人生が一変してしまったバックボーンを垣間見ることになった。

みんな、働きたいのだ。

悠長なことは言っていられない。

働いて、何かを。 働いて、現状を。

とにかく彼等は、前に進んで変えて行きたいのだ。